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環境負荷を思い、葛藤し、決断。新潟県産・非加熱の正直な蜂蜜づくりは新たなステージへ。

はちみつ草野
もの
岩室エリア

Information

名称 はちみつ草野
アクセス 新潟市西蒲区栄1969-1
電話番号 090-5809-3838
URL http://mitsukusa.com/

岩室で蜂蜜を採取する若き養蜂家

「蜂蜜らかねー?」

撮影のために入った山で、軽トラに乗った地元の人から声がかかる。「今日は取材で…」と親しく答える青年は、はちみつ草野の代表、草野竜也さん。にしかんの岩室エリアで新潟県産・非加熱天然にこだわった蜂蜜を生産している養蜂家だ。「お互い名前とかはわからないんですけど、顔見知りで」と笑う関係性に、草野さんの朗らかな人柄が透けて見える。

「養蜂は試した結果が3週間くらいで出る。そこに面白みを感じて気楽な感じでスタートしました」と語る草野さん

草野さんが養蜂に携わり始めたのは今から9年前。地元・にしかんで趣味以上・事業未満の規模で養蜂を行っていた祖父を1年間手伝ったことで面白さに目覚め、25歳ではちみつ草野の前身である草野養蜂を立ち上げた。

岩室にあるはちみつ草野の作業場の目の前には、蜂蜜の採取場でもあるにしかんの山並みが広がっている

現在、はちみつ草野では、アカシア、山桜、菜の花、藤など様々な花の蜂蜜を扱っているが、アカシア以外の蜂蜜はすべてにしかんの弥彦山と角田山で採集している。 その利点を尋ねると「何と言ってもまず熊が出ない。そして蜂を飼うために必要な最低限の標高がありつつ、高すぎない。そのおかげで春の桜から始まって、藤、栗…10月のセイタカアワダチソウまで途切れることなく花が咲くんです」とのこと。にしかんは養蜂に適した条件が揃っているロケーションというわけだ。

アカシアの蜂蜜(前列左から3番目)は純度が高いほど透き通る

有名レストランも注目するブランドに成長した「はちみつ草野」

まずは5年後の30歳までやってみようと養蜂をスタートした草野さんだったが、徐々にファンは拡大。しかし同時に魅力である新潟県産・非加熱などの「草野養蜂らしさ」を伝えることの難しさを感じるようになっていた。そこで区切りとしていた5年を迎える際に、「はちみつ草野」としてブランディングを実施。パッケージやWEBサイトを一新し、よりおいしさや品質が伝わるコミュニケーションを実現した。

はちみつ草野の立ち上げに合わせて、新しいロゴも開発

今では小売にとどまらずレストランからの引き合いも増えている。ソムリエの外山博之氏はこれまで、自身が勤めるフレンチの「Gris」(東京・代々木上原)、焚き火料理の「Maruta」(東京・深大寺)、そして京都・東山に2019年に誕生した、独創的な料理が話題の完全予約制レストラン「LURRA°」といった人気レストランで、ドリンクのエッセンスにはちみつ草野の蜂蜜を採用してきた。さらにその様子を見た「LURRA°」のシェフも料理にはちみつ草野の蜂蜜を発酵させて使うように。蜂蜜の発酵は、非加熱で酵素が生きているからこそ可能なアレンジなのだ。

地球環境のために、今の自分ができることを。2020年大きな決断へ

はちみつ草野として3年経った2019年、「伝わらない」という課題をクリアしていくなかで、草野さんは新たな課題を捉えていた。

「近年非加熱をうたう蜂蜜が急激に増えましたが、基準や表示義務といった制度は特になく、プロの目から見たら玉石混交。一方で産地や非加熱に注目するお客さまは増えています。だからこれからは表示ではなく生産者の信用度が指標になるはずで、今度はそこの次元で支持されることを目指します」(草野さん)

ミツバチが集めた蜜を加熱せずに製品化するので、本来の栄養素が詰まったまま消費者の手元に届けられる

新しいステージへの挑戦としてはちみつ草野が取り組む施策が、WEBサイトをリニューアルしてこの3年で感じていた消費者が求めている情報を提供することと、新パッケージの開発だ。

「草」と「野」。偶然とはいえまさに養蜂家にぴったりの名前の草野さん

「現在はガラス瓶に詰めていますが、ハンディタイプの方が使いやすいという声は常にあって、ずっと悩んでいました。そんな折、2019年春に日本橋三越の『フード・サーキュレーション(食の循環)』をテーマにした催事に出店したことから、経済成長と環境負荷削減の両立を目指すサーキュラー・エコノミー(循環型経済)を意識するようになったんです。ガラスは生産過程で使うエネルギー量がプラスチックよりも多く、環境負荷が高い。さらに割れやすく、発送用に梱包材を大量に使います。そこで2020年から300g入るハンディタイプのプラスチックボトルと、1kg入りの詰め替え用パウチの導入を決めました。直近で考えれば自然素材でリサイクルできるガラス瓶の方がエコですが、今回の切り替えでゴミの全体量を減らすことができます。これが自分なりのサーキュラー・エコノミー実現への答えです」

にしかんは、新しい勇気が生まれる場所になった

ミツバチが元気に蜂蜜を採取できるよう、一年を通じてのケアが大切

自身が生まれ育った場所として、長い間にしかんを見てきた草野さんは、子どもの頃との違いに「いわむろや」の存在を挙げる。

「2010年にできたいわむろやさんが精力的に動いてくれて、首都圏からバスが来るようになったりイベントも開催されるようになりました。なにより、触発されて新しいことを始める人が増えたと思います。誰かが頑張っている姿は自分の勇気になるんですよね。僕もそれがブランディングを取り入れたきっかけでした。にしかんでプランニングディレクターの山倉あゆみさんやいわむろやの館長・小倉壮平さんと出会ったことで、『はちみつ草野』は生まれたんです」

写真左から「里山の花々」、「アカシア」、「海辺の花々」※すべて1,620円(税込・220g入り)

一方で草野さん自身にも近年変化があったそう。それは結婚し、子どもができたこと。そんな草野さんだからこそ、少子化問題を心配する。草野さんの少年時代、集落に25人いた子どもたちが今は2人。しかも遊べるスポットが少なく、自然を感じられる大きな遊び場の必要性を感じている。

自然に逆らわない、正直な蜂蜜作りのさらなる挑戦

WEBサイトもパッケージも変えて、草野さんは蜂蜜の売り方そのものにもいずれ大きなイノベーションを起こそうと考えている。

「にしかんは誰が何をやっているか、やりたいことは誰に相談したらいいか分かりやすいし、みんな協力的なんです」

気候は変わるものであり、自然の恵みである蜂蜜の味や収穫量・ペースが毎年全く同じ、というのは現実的にはありえない。商業ベースで花ごとに蜂蜜を一定量収穫しようとすると、ベストな状態ではないときでも採取せざるをえなくなってしまう。

ミツバチがいなくなったら、人類は4年しか生きられないという説があるそう

そこで草野さんが考えているのが「日にちで売る」という前代未聞の販売方法だ。

「ラベルに書くのは『1種類の花の名前』ではなく、『採取期間』と『その時に咲いていた花の名前』。それが自然に逆らわず、一番正直で無理のない蜂蜜だと思います」

斬新なアイディアは、まっすぐに蜂蜜と向き合う姿勢の表れのようにも感じられる。一方で「でもパッケージも売り方も、変えることには恐怖もあります。勇気が必要なんですよ」と続ける草野さん。 真面目に取り組み、時に悩み、時に大胆に行動する、その姿そのものが、にしかんの人とのエール交換にも似た「勇気の交換」のように思えてならなかった。

取材・文/
丸山智子
撮影/
内藤 雅子(SUNDAY photo studio)